はじめに:なぜ今、FIRフィルターなのか
周波数特性やダイナミクスへのこだわりに比べ、見落とされがちなのが「位相」の問題です。スピーカーは複数のユニット(ウーファー、ツィーターなど)がそれぞれの帯域を受け持ちますが、その音がリスナーの耳に届くタイミングがわずかにズレていると、音像の輪郭や定位、楽器の”間”の表現が損なわれます。
この位相の問題に、デジタル信号処理という角度から向き合う技術が「FIRフィルター」です。近年、スタジオモニターの世界を中心に急速に普及が進んでいます。本記事では、FIRフィルターの基本的な仕組みから、実際にこの技術を活用しているスピーカーの事例についてご紹介します。
FIRフィルターの基礎知識
スピーカーに必ず存在する「クロスオーバーフィルター」
2Way以上のスピーカーには、帯域を分割するクロスオーバーフィルターが不可欠です。電源を使わない「パッシブスピーカー」では、コンデンサー・コイル・抵抗といったアナログ部品でこのフィルターを構成します。
一方、スタジオモニターの世界では、フィルターとアンプを内蔵した「アクティブスピーカー」が主流になっています。
そのフィルター技術は「アナログ方式」「デジタル方式」に大別され、現在は明らかにデジタル方式への移行が進んでいます。
IIRフィルターとFIRフィルターの違い
デジタルフィルターはさらに「IIR方式」と「FIR方式」に分類されます。両者は設計思想からして異なります。
IIRフィルターは、アナログフィルターの設計手法をそのままデジタル化したものです。振幅特性・位相特性ともにアナログと同じ性質を持ち、少ない演算量で急峻な特性を作れる一方、任意の振幅・位相特性を自由に設計するのは苦手です。
いわば「アナログの延長線上」にある技術と言えます。
FIRフィルターは、多数の係数(タップ)を並べて動作する、デジタル専用の方式です。任意の振幅特性・任意の位相特性を、しかも振幅と位相を分離して設計できます。
「最小位相」も「直線位相」も自在に選べ、アナログでは絶対に実現できない特性を作れる点がFIRの最大の強みです。
その代償として演算コストは高く、タップ数が増えるほど計算量も増大します。ただし近年のDSPは処理能力が飛躍的に向上し、2Way程度のアクティブスピーカーに必要なタップ数は十分確保できるようになりました。
オーディオの世界は今、着実にFIRフィルターへ移行できる環境が整いつつあります。

なぜこれがスピーカーの音質に関わるのか
アナログのクロスオーバーフィルターを使うパッシブスピーカーでは、振幅特性(周波数ごとの音量バランス)はおおむねフラットに設計できても、位相特性は帯域の境目で大きく変化してしまいます。これはパッシブスピーカー全般に共通する宿命です。
位相が乱れると、音楽の立ち上がりや余韻、楽器の輪郭が原音から微妙に変質します。逆に、全帯域の位相特性を「最小位相」に近づけると、まるでシングルコーン(フルレンジ1発)のスピーカーのような、点音源的で明瞭な定位が得られることが知られています。
これがFIRフィルターによる位相補正が注目される理由です。
FIRフィルターを採用しているスピーカーたち
FIRフィルター、あるいはそれに準じる位相補正技術は、すでに海外の先進的なブランドで実用化されています。
ドイツのNeumannは、スタジオモニター「KHシリーズ」向けの自動アライメントシステム「MA1」で、内蔵クロスオーバーフィルターの位相直線化を実現しています。
DSPパワーによってクロスオーバー自体の位相特性を整え、リスニング環境ごとの補正も同時に行うという、業界内でも評価の高いアプローチです。
また、Bruno Putzeys氏が手がけるKii Audioの「Kii Three」は、6基のドライバーそれぞれに専用DSP・アンプを持つフルアクティブ構成で、各ユニットの時間軸を精密に揃え「単一の波面」として音が届くよう設計されています。カーディオイド指向性による部屋の影響低減と合わせて、DSPによる位相コヒーレンスの追求が評価されているブランドです。
こうした事例に共通するのは、いずれも内部にDSPを持つ「アクティブスピーカー」だということです。
クロスオーバーの設計そのものにデジタル処理を組み込むことで、位相特性を自在にコントロールしています。
一方で、日本のオーディオブランドであるVENETORの「PS401」は、これらとは異なるアプローチを取っています。
PS401は内部にDSPを持たない、伝統的なパッシブスピーカーです。クロスオーバーはコンデンサー・コイル・抵抗によるアナログ回路で構成し、パワーアンプに接続して鳴らすシンプルな信号経路を保っています。
しかし、一台ごと出荷時に無響環境で個別測定を行い、その個体専用の「FIR補正フィルター」をWAVファイル形式で製品にお付けするという形で、FIRフィルターの恩恵を届けています。
パッシブスピーカーでありながら、DSP内蔵のアクティブスピーカーに匹敵する位相補正を実現できる——これがPS401のユニークな立ち位置です。
次の章で詳しくご紹介します。

PS401について
PS401は、日本のオーディオブランドであるVENETORが発売する、Purifi USHINDIウーファー、対向配置のパッシブラジエーター2基、AMTツィーターを組み合わせた2Wayパッシブブックシェルフスピーカーです。
10mm削り出しアルミパネルによる剛性の高い筐体で、コンパクトなサイズ

ながら大型スピーカーに迫るスケール感を狙っています。
一台ごとに専用のFIRフィルターを作る
PS401は出荷前に一台ごと無響室で個別測定を行い、その実測データをもとに個体専用の「FIR補正フィルター」を設計、WAVファイル形式で製品に添付してお届けします。
このフィルターは、
- 振幅特性をより平坦に整え
- 位相特性を最小位相に近づける
という2つの働きを持っています。
実際の測定データ(下のグラフ)では、補正前は振幅・位相特性ともに乱れが見られますが、補正フィルターを適用すると振幅はほぼフラットに、位相特性はシングルコーンスピーカーのような素直な最小位相特性へと変化します。
440Hz(A4)ののこぎり波にスピーカーのインパルス応答を畳み込む実験でも、補正前は波形が大きく崩れるのに対し、補正後はその崩れが大幅に改善されることが確認できています。
結果として、定位がより明瞭になり、楽器の輪郭や奥行きがより自然に感じられます。

幅広い再生環境に対応
このFIR補正フィルター(WAVファイル)は、コンボリューション機能を持つ一般的な音楽再生ソフトウェアで利用できます。
- Roon
- JRiver
- HQPlayer
- CamillaDSP
- Equalizer APO
またハードウェアでは、EverSolo DMP-A6 / A8のようにWAVファイルを直接読み込める機器でも使用可能です。
PCやネットワークプレーヤー、外部DSPなど、幅広い環境に対応しているのがPS401の特長です。
さらに部屋の特性まで補正する「REF Technology」
有償オプション「REF Technology」では、出荷時に適用されるFIR補正フィルターに加え、実際のリスニング環境をVENETORのチームが現地で測定し、その空間専用の補正フィルターを追加で作成します。
録音本来の意図や質感を、より忠実に再現することを目指したサービスです。

クロスオーバーからFIRで設計するアクティブスピーカーへ
PS401では、既存のソフトウェアやハードウェアの力を借りてFIRフィルターを”後から”適用する形を取っています。
しかしVENETORは現在、クロスオーバーから最終補正まで、すべてをFIRで一貫構成する新しいアクティブスピーカーを開発中です。
遅延の少ない直線位相フィルターで位相変化のない帯域分割を行い、時間軸を精密に揃えた上で、最小位相特性を持つ補正フィルターによって周波数振幅特性をフラットに整える——低遅延でありながら理想的な振幅特性と、シングルコーンのような位相特性を両立するスピーカーを目指しています。
最大1ヶ月間、お試しください
ご自宅やオフィスなど、実際にお使いになる環境で、PS401の真価をご体感いただけます。
お手持ちのアンプとの相性、お部屋での低域の出方、普段お聴きになる音源での印象。
納得のいくまでお確かめください。
*有償となります:¥10,000 (キャッシュバック特典あり)
※小売店・販売店様へのデモ貸出は、お問い合わせページよりその旨をお知らせください。
ご購入・ご相談について
VENETORでは、お客様一人ひとりの環境に合わせたご提案をいたしております。アンプとの組み合わせ、設置スペース、既存システムへの導入など、ご検討段階でのご相談も歓迎いたします。在庫状況やカラーオーダーについても、こちらより承ります。
※小売店・販売店・スタジオ等、法人様への販売はお問い合わせページよりお問い合わせください。
主な仕様
| タイプ | 詳細 |
|---|---|
| 型式 | 2ウェイ・パッシブ スタンドマウント/ブックシェルフスピーカー(専用スタンド有) |
| ドライバー | Purifi 4インチ USHINDIウーファー ×1 対向配置パッシブラジエーター ×2 AMTツィーター ×1 |
| 周波数特性 | 40Hz – 30kHz |
| 歪率 | 200Hz – 20kHz:0.3%/100Hz – 20kHz:1.0% |
| 能率 | 84dB |
| 外形寸法 | H240 × W160 × D250 mm |
| 質量 | 9kg(1台) |
| 材質 | パネル:10mm切削アルミニウム 内部:Real Schild、Calmflex FR-2 |
| 価格 | ¥1,320,000(税込)【ペア】 |
| 発売日 | 2026年8月1日 |
株式会社ヴェネターサウンド